選挙事務担当者への「暑中見舞いは出していいですか?」との質問に、AIが条文付きで答える
画像は生成AIによるイメージです。
この記事の要点
- 横浜市と仙台市の選挙管理委員会が2026年5月から6月末にかけて、選挙事務に関する質問を根拠付きで回答するAIを実証し、使った職員の9割以上が答えは正確だったと評価しました。
- 選挙事務は数年おきにしか回ってこないうえ、答えるたびに法律の根拠が要ります。全国の自治体がAIに読ませている資料でも、法令はマニュアル・議会会議録に次ぐ3番目に多い対象でした(総務省・令和7年10月31日時点)。
- 条文を機械的に引かせるだけでは足りず、逐条解説等の参考資料も含めつつ、最低限の情報をAIに与えて効率化しています。
開発部の松本です。 大企業や官公庁には概ね3年に1回程度異動があるかと思いますが、その度に覚えることが多く大変なことと存じます。
例えば市役所でいうと、選挙管理委員会などは選挙のあるタイミングは激務です。事務局に、候補者から電話が入り、「選挙区内の人に暑中見舞いを出したいが、これは出していいのか。」等の質問を、異動してきたばかりの職員が取ることがあります。担当者は受話器を置いてから、わけもわからず公職選挙法の条文と、その解釈を書いた実務書を探しにいくことになります。
このような質問に、生成AIが答えと一緒に根拠の条文を示す実証が、2026年5月から6月末にかけて行われました。NECとぎょうせいが横浜市・仙台市の選挙管理委員会事務局ね雲力で実施したもので、回答精度が正確という評価は9割以上、業務効率化に寄与するという評価は7割以上でした(NEC発表・2026年7月)。
1. 選挙事務は数年おきにしか回ってこないこともある
地方自治法93条1項は、普通地方公共団体の議会の議員の任期は四年と定めています(e-Gov法令検索)。長の任期も同じく四年です(同法140条1項)。国政選挙が加わるとはいえ、市区町村の選挙管理委員会事務局にとって、同じ種類の選挙は数年おきにしか回ってきません。人事異動の周期を重ねると、前回を経験した職員が今回も同じ部署にいるとは限りません。
しかし、経験年数に関係なくこの手の業務は問い合わせに根拠を示して答える必要があります。冒頭の暑中見舞いの照会であれば、答えの中心はこの条文です。
(あいさつ状の禁止)
第百四十七条の二 公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)は、当該選挙区(選挙区がないときは選挙の行われる区域)内にある者に対し、答礼のための自筆によるものを除き、年賀状、寒中見舞状、暑中見舞状その他これらに類するあいさつ状(電報その他これに類するものを含む。)を出してはならない。出典:公職選挙法(昭和25年法律第100号)(e-Gov法令検索)
経験の量と、条文にたどり着く速さで結果が変わる業務です。実証で例として挙げられている質問も、公職選挙法で制限されている挨拶にはどのようなものがあるか、というものでした。
2. 実証で分かっていること
選挙事務への生成AI活用で、現時点で数値が公表されているものを並べます。
| 取り組み | 時期 | 公表されている数値 |
|---|---|---|
| 横浜市が民間企業とともに構築した選挙関連業務のRAG環境 | 2024年11月〜2025年3月 | 法令集・選挙関連書籍等 約4,500ページ分(PDF)をデータ化/継続的なチューニングにより回答精度 約9割 |
| NEC・ぎょうせいが横浜市・仙台市の選挙管理委員会事務局の協力で行った実証 | 2026年5月〜6月末 | 回答が正確という評価 9割以上/業務効率化に寄与するという評価 7割以上 |
横浜市の取り組みは、総務省の自治体におけるAI活用・導入ガイドブック第4版(2025年12月公表)に載っています。民間企業とともに2024年11月から2025年3月まで、法令集や選挙関連書籍等の約4,500ページ分の内容を機械判読性の高いデータへ整理し、選挙関連業務のRAGの環境を構築して、生成AIの出力が業務利用に足るかを実証したものです。継続的なチューニングにより約9割の回答精度に達したと書かれています。
ここで出てくるRAGは、生成AIが質問を受けたときに外部の資料から関連する箇所を検索し、その内容をもとに答えを作る仕組みです。モデルそのものを作り替えるのではなく、参照させる資料を用意することで精度を上げていく方式になります。総務省が全国1,788団体に照会した令和7年度の調査では、資料を自団体向けに用意している団体の回答のうち、この方式が329件で最も多いという結果でした(ファインチューニングは19件。総務省・令和8年4月24日公表/令和7年10月31日時点)。
同じ調査で目を引くのは、その資料の中身です。総務省が公表している図をそのまま引きます。

令和7年度の欄を見ると、法令が174件で3番目です。生成AIに法令を読ませること自体は、資料を用意している団体のあいだでは珍しくありません。ただしその下に、法令の解釈という別の項目が63件で並んでいます。
2026年の実証で新しいのは、その答えの出し方です。自然な文章で質問すると、書籍に基づく情報とあわせて法令・文献の根拠が提示され、e-Gov法令検索との連携も実装されています。答えだけを返すのではなく、担当者が条文を自分で確かめられる状態で返す、という設計です。
3. 条文だけを引かせるのでは不十分
条文という最も硬い資料を参照させておけば安全なのか、確認してみます、e-Gov法令APIから公職選挙法の全文を取得し、検索をAIに実行させました。
結果は、条文732条のうち、「挨拶」で6件、「あいさつ」で4件でした。
| 検索した語 | ヒット | 拾えた条文と、拾えなかった条文 |
|---|---|---|
| 挨拶(漢字) | 6件 | 152条(挨拶を目的とする有料広告の禁止)、178条(選挙期日後の挨拶行為の制限)などを拾う。147条の2(あいさつ状の禁止)は拾えない |
| あいさつ(ひらがな) | 4件 | 147条の2を拾う。152条・178条は拾えない |
| 両方 | 9件 | 照会に効く4条(146条2項・147条の2・152条・178条)が揃う。同時に、附則の施行期日を定めた条文と、239条の2(公務員等の選挙運動等の制限違反)も混じる |
同じ法律の中で、「あいさつ状の禁止」と「挨拶を目的とする有料広告の禁止」という見出しが並んでいます。表記が揺れているので、漢字だけで引くと本命の147条の2が落ち、ひらがなだけで引くと有料広告と選挙期日後の制限が落ちます。この辺りはAIの方で配慮が可能な領域かと思います
しかし、両方で引いて4条が揃っても、冒頭の照会には答え切れません。147条の2は「答礼のための自筆によるもの」を除くと書いていますが、印刷した文面に署名だけを自筆で足したものがここに入るのかは、条文からは読み取れません。「その他これらに類するあいさつ状」に何が含まれるのかも同じです。電報は条文が明記していますが、電子メールやメッセージアプリの扱いは書かれていません。ここから先は逐条解説や行政実例の領域になります。
先ほどの実証が、ぎょうせいの専門書籍のデータを著作権者から個別に許諾を得て取り込んでいるのは、この部分を埋めるためのものだと考えています。
4. 自団体で始めるときに先に決めること
1つ目は、根拠の提示を仕様に書くことです。回答に条文や文献の出所を必ず添えさせ、担当者がその場で確認できる形で表示する。実証がe-Gov法令検索と連携しているのは、この確認の経路を確保するためだと思われます。答えの当たり外れを職員が検証できないと、そもそも業務に使えません。
2つ目は、社外の資料を使うなら権利処理を先に済ませることです。逐条解説や実務書は市販の書籍ですから、庁内で購入したものをそのままデータ化して参照させてよいかは、別に整理が必要になります。ここは技術ではなく交渉と契約の話で、仕組みを作り終えてから気づくと、参照させる資料が手元にないという状態になりかねません。
3つ目は、参照させる資料を狭く選び、機械で読める状態にすることです。横浜市がやったのも、約4,500ページ分を機械判読性の高いデータへ整理する工程でした。買った資料をPDFのまま置いたわけではありません。表が画像になっている資料や、段組みで読み順が崩れる資料は、そのまま参照させても狙った箇所が引けません。
そして、表2で見たような揺れは、資料を整える段でしか吸収できません。条文の表記ゆれであれば、同義語をあらかじめ登録しておく、条文の見出しと本文を分けて持たせる、といった手当てになります。総務省のガイドブックがRAGの弱点として、回答の正確性が知識ベースの品質で左右されると書いているのは、こういう部分を指しているのだと思います。
次の統一地方選挙は2027年に予定されており、日程は前年に成立する臨時特例法で決まります。資料を整える工程に手をつけるかどうかを判断するのは、準備の期間を考えるといまの時期になると思われます。4年ぶりに担当が回ってきた職員が、条文から自分で確かめられる状態を作れるなら、この業務の性質に対して意味のある投資になるはずです。
松本慎之介|株式会社イーディーエー システム開発部。