海外自治体におけるAI住民対応の現在地について
画像は生成AIによるイメージです。
この記事の要点
- 海外自治体のAI活用事例について、シンガポールでは通報が月3万件チャットで処理、イギリスは2026年5月に住民向けのAI窓口を開設、エストニアは18機関を1つの会話で横断的に案内する仕組みを動かしています。
- 日本の自治体はAI導入率自体では見劣りしません(都道府県87.2%・指定都市90.0%が導入済み)が、成果が今のところ内省的な活用に留まる場合が多いようです。
- 職員向けの仕組みを住民側へ渡すときに増える仕事は、課をまたぐ引き継ぎの設計と仕様書化等になってくるものと思われます。
開発部の松本です。今年の4月にEDAへ入社し、エンジニアとしてシステムを作る側の仕事をしています。ただ、この業界に来たのはつい最近のことで、それまでは市役所の職員でした。海外派遣研修でオーストラリアに滞在したこともあり、行政の仕事を内側からも外からも見てきたことになります。
畑が変わった今も、AIの話題を追っていると、つい前の職場のことを考えます。あのころ不便だと思っていたあれこれは、この技術で片付くものなのでしょうか。
たとえば、窓口です。
平日に半休を取って、市役所へ行く。番号札を引いて呼ばれるのを待ち、窓口にたどり着いたら「それは3階の別の課になりますね」と言われて、もう一度番号札を引く。転入の手続きひとつでも、住民票、国民健康保険、児童手当、水道と、担当はその都度変わります。心当たりのある方は少なくないのではないでしょうか。
そう言ったことを考えていると、思い出すのは冒頭の海外派遣研修です。当時滞在したシドニー市は2020年から住民向けのチャットボットを動かしていて(City of Sydney)、同じ悩みに対する答え方がずいぶん違うと感じたのを覚えています。改めて海外の行政AIを調べてみたところ、想像以上に住民対応そのものへ踏み込んでいました。
1. 海外の役所では、住民対応側にもAIが立ち始めている
海外の役所がAIを置いているのは、職員の机の上ではなく、住民が最初に触れる窓口の側です。住民から見ると、担当課を覚えていなくても1回の会話で用事が終わり、答えの根拠が示され、AIが答えられないものは職員に引き継がれる、という形になります。
| 国 | AIを置いた場所 | 規模 |
|---|---|---|
| シンガポール | 住民の問い合わせと、街の不具合の通報 | 問い合わせ 月13万件/通報 月約3万件 |
| イギリス | 住民向けの総合窓口(GOV.UK Chat) | 2026年3月公開、5月に正式開始 |
| エストニア | 省庁をまたぐ1回の会話(Bürokratt) | 18組織が統合済み |
置いている場所は3か国とも住民側ですが、中身も段取りもそれぞれ違います。
シンガポールのAsk Jamieは財務省とGovTechが開発した政府共通の仮想アシスタントで、正確性90%・関連性93%、利用者調査では60%が回答を有用と答え、58%がコールセンターへの電話を省けたと答えています。通報の方はさらに生活に近く、One Service Chatbot が2021年から動いていて、住民がWhatsAppやTelegramから近隣の清掃や設備の故障を知らせます(GovTech)。
イギリスで注目したいのは、窓口を開いたこと自体より、その先の段取りです。政府の調達公告には、エージェント型AIを2025/26にパイロット、対象を16歳から34歳の進路・見習い・キャリア相談に絞って価値と実現性を検証し、2026/27に全利用者へ統合展開、うまくいけば2027年末から全国展開、と書かれています(英政府 Find a Tender)。

一方、エストニアでは設計が一段進んでいます。Bürokrattは各省庁のサイトに置かれた仮想アシスタントの網で、住民は画面を渡り歩かずに1回の会話で用事を片付けられます。すでに18組織が統合済みで、2026年からは各機関が自分のAIエージェントを持ち、それらが統一された協調ネットワークの一部として動くモデルへ移ります。土台はLLMとRAG、全体で共有する知識ベース、そして機関をまたぐ引き継ぎを安全に振り分ける分類器です(エストニア政府 kratid.ee)。

3か国に共通しているのは、官公庁の組織図・所管事業を住民に確認させないで済ませているという点であり、双方にとって大変に有益な取り組みです。
2. 日本はどこにいるか
生成AI導入済みの自治体は都道府県で87.2%、指定都市で90.0%(総務省・2025年6月30日公表)。2年前は51.1%と40.0%でしたから、2年でほぼ全面に広がった計算です。ただしその他の市区町村は29.9%で、ここには差が残っています。
| 区分 | 導入済み(2025年6月時点) | 2年前(令和5年度) |
|---|---|---|
| 都道府県 | 87.2% | 51.1% |
| 指定都市 | 90.0% | 40.0% |
| その他の市区町村 | 29.9% | — |
自治体向けAI活用・導入ガイドブックの第4版(総務省/2025年12月16日公表)には、横浜市が法令集や選挙関連の書籍約4,500ページをデータ化してRAGの環境を作り、継続的な調整で選挙関連業務において約9割の回答精度に届いた事例が載っています。カスタマイズの方法もRAG(手元の資料を参照させるやり方)が244件で最多です(総務省 自治体における生成AI導入状況/令和6年12月31日現在の調査)。法令の条文を根拠として示しながら答えるという、行政で最も根幹的な部分に手が届いているということになります。

東京都は2026年4月9日から、都職員約6万人が使う生成AIの共通基盤A1を本格運用に移しました。デジタルサービス局とGovTech東京が内製し、職員が自分でノーコードのAIアプリを組んで他の自治体にも共有できます。動いているのは契約の仕様書案の作成支援、AI導入時の留意点の案内、都議会の答弁検討の支援です(都庁プレス)。7月6日には、NECとぎょうせいが横浜市・仙台市の選挙管理委員会の協力で選挙事務のAIを実証したと発表しています。5月から6月に実施し、回答精度が的確という評価が9割超、業務効率化に寄与という評価が7割超。根拠になる法令と文献を必ず併記する作りです(NEC発表)。
並べて見ると、日本の自治体の現在のAI事業傾向は専門業務を根拠つきで答えさせる類のもので、一方海外が実装に取り組んでいるのは住民対応の側にAIを立たせる取り組みです。
3. 住民対応にAIを導入する課題
職員向けの仕組みをそのまま住民に開ければ終わりとはいかず、課題は3つあると考えています。
1つ目は、課をまたぐ引き継ぎ。 住民の用事は組織図の通りに来ません。冒頭の転入の例のように、ひとつの用事で担当が次々に変わります。エストニアが共通の知識ベースと引き継ぎの分類器を挟んでいるのは、縦割りを壊さずに横断を成立させるためだと読めます。既製の製品を1つ買って解決する部分ではありません。
2つ目は、間違いの重さ。 職員が使うなら、返ってきた答えを疑える人が読みます。住民が使うなら、そのまま信じられます。ここで効くのが、横浜市や選挙事務の実証がすでにやっている、根拠の条文を必ず添える作りです。日本が職員向けで先に作り込んだ部分が、そのまま住民向けの必要条件と重なります。
3つ目は、始める範囲の絞り込み。 英国が16歳から34歳の相談から始めたのは、対象が絞れて、間違えても後で取り返せる領域だからだと思います。窓口の全部を一度に置き換えず、スモールスタートの方が結果的に早いはずです。
4. 組織によって違う最初の一歩
新しく作る前に、多くの自治体にはもう素材があります。庁内向けに整えたFAQや、規程や法令集です。住民対応側でやるなら、住民が触れる導線に1テーマだけ。ごみの出し方でも証明書の取り方でも、対象が狭く、答えが規程に書いてあるものが向いています。そして仕様として、答えられない質問を人に渡す線を先に引いておきます。
その先に必要なのが、既存の住民情報システムや電子申請との繋ぎ込みです。製品を選ぶ話ではなく、業務に合わせて作る話になります。デジタル庁が2026年6月12日に公開した生成AIの調達・利活用ガイドライン(DS-920)には、調達のチェックシートと利活用ルールのひな型が付いていますので、参考となります。
住民が窓口を回らずに手続きを終える役所は、遠い未来の構想ではなく、既に動いています。日本の自治体は土台をすでに持っています。次の一歩は、その土台をどの1テーマで住民側に向けるかという選び方だと思います。
松本慎之介|株式会社イーディーエー システム開発部。