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AI活用

海外自治体におけるAI住民対応の現在地について

海外自治体におけるAI住民対応の現在地について

画像は生成AIによるイメージです。

この記事の要点

  • 住民が窓口を回らずに手続きを終える役所は、海外の一部の自治体で既に動いています。シンガポールでは通報が月3万件チャットで処理され、イギリスは今年5月に住民向けのAI窓口を正式に開き、エストニアは18機関を1つの会話でまたぐ仕組みを動かしています。
  • 日本の自治体は導入率自体では見劣りしません(都道府県87.2%・指定都市90.0%が導入済み)。違いは能力ではなく向きで、日本の成果は今のところ内省的な活用に留まる場合が多いようです。
  • 職員向けの仕組みを住民側へ渡すときに増える仕事は、課をまたぐ引き継ぎの設計と仕様書化等になってくるものと思われます。

開発部の松本です。今年の4月にEDAへ入社し、エンジニアとしてシステムを作る側の仕事をしています。ただ、この業界に来たのはつい最近のことで、それまでは市役所の職員でした。在職中には海外派遣研修でオーストラリアに滞在する機会もあり、行政の仕事を内側から、そして少し外からも見てきたことになります。

畑が変わった今も、AIの話題を追っていると、つい前の職場のことを考えます。あのころ不便だと思っていたあれこれは、この技術で片付くものなのでしょうか。

たとえば、窓口です。

平日に半休を取って、市役所へ行く。番号札を引いて呼ばれるのを待ち、窓口にたどり着いたら「それは3階の別の課になりますね」と言われて、もう一度番号札を引く。転入の手続きひとつでも、住民票、国民健康保険、児童手当、水道と、担当はその都度変わります。心当たりのある方は少なくないのではないでしょうか。

かくいう私も、他課の手続きには触れられないので、別の課を案内する状況は何度もありました。住民の方を庁舎の中で歩かせてしまうのは、窓口の職員が不親切だからというより、組織の縦割りの分け方がそのまま住民の動線になってしまうからです。

しかも近ごろ、その窓口が閉まるのが早くなっています。開庁時間を短縮する自治体は、2026年1月時点で179件(日本政策総研調査)。理由として最も多いのは、労務是正・働き方改革の72.7%でした(ぎょうせいオンライン/2026年4月)。窓口を開けている間は担当者の他の業務が止まりますから、職員の勤務環境への配慮としては当然の判断だと思います。ただ住民の側から見ると、行ける時間は短くなる一方で、回る窓口の数は変わらない、ということになります。

この「住民に回らせる」構造は、人手が足りない以上どうしようもないものなのでしょうか。

ここで思い出すのが、先ほど触れた海外派遣研修です。当時滞在したシドニー市は、AIに住民対応の一部を任せることで職員の時間を確保しているように見えて、同じ悩みに対する答え方がずいぶん違うと感じたのを覚えています。あれから数年が経ち、私はコードを書く側に移りました。海外の行政AIは今どこまで来ているのか。改めて調べてみたところ、想像以上に住民対応そのものへ踏み込んでいました。住民が役所の組織図を覚えていなくても、1回の会話で用事が終わる。そうした作りが、すでに複数の国で動いています。

「日本は遅れている」とよく聞きます。ただ、調べてみた印象は少し違いました。日本の自治体は職員側の土台をかなり作り込んでいて、海外は住民側の窓口にも手を伸ばしている。遅れているというより、AIを向けている方向が違う。以下、双方の現在地を順に見ていきます。

1. 海外の役所では、住民対応側にもAIが立ち始めている

図1 住民から見た手続きの流れ(1つの会話で担当課をまたぎ、根拠を示し、答えられないものは職員に渡す)

住民のスマートフォンからの質問を仮想アシスタントが受け、住民記録・保険・子育て・水道の各担当へ振り分け、法令や規程を根拠として示し、対応できないものは職員へ引き継ぐ流れの図

シンガポールは住民の問い合わせと通報にAIを置いています。政府の仮想アシスタント Ask Jamie は財務省とGovTechが開発したもので、月13万件の質問を受け、正確性90%・関連性93%。利用者調査では60%が回答を有用と答え、58%がコールセンターへの電話を省けたと答えています(GovTech)。通報の方はさらに生活に近く、One Service Chatbot が2021年から動いていて、住民がWhatsAppやTelegramから近隣の清掃や設備の故障を知らせ、月約3万件が処理されています。背後にはVICAという対話エージェントの基盤があり、60以上の政府機関・100を超えるチャットボットを支えています(GovTech)。

イギリスは今年、住民向けの窓口を正式に開設。GOV.UK Chat は2026年3月に静かに公開され、5月に正式ローンチしています(政府デジタルサービス公式ブログ)。注目したいのはその先の段取りで、政府の調達公告には、エージェント型AIを2025/26にパイロット、対象を16歳から34歳の進路・見習い・キャリア相談に絞って価値と実現性を検証し、2026/27に全利用者へ統合展開、うまくいけば2027年末から全国展開としています(英政府 Find a Tender)。一貫したスモールスタートが結果的に事業のスピード感を創出しています。

図2 GOV.UK Chat の画面(住民が就学の相談を平易な言葉で尋ね、根拠となる案内へのリンクつきで回答が返る)

GOV.UK Chat の3画面。質問の入力、回答の生成中、出典リンク付きの回答が並んでいる

出所:Government Digital Service「Answers in seconds, 24/7: GOV.UK Chat launches in the GOV.UK app」2026年5月14日(gds.blog.gov.uk/2026年7月26日に取得した画面)。Contains public sector information licensed under the Open Government Licence v3.0.

一方、エストニアでは設計が一段進んでいます。Bürokrattは各省庁のサイトに置かれた仮想アシスタントの網で、住民は画面を渡り歩かずに1回の会話で用事を片付けられます。すでに18組織が統合済みで、2026年からは各機関が自分のAIエージェントを持ち、それらが統一された協調ネットワークの一部として動くモデルへ移ります。土台はLLMとRAG、全体で共有する知識ベース、そして機関をまたぐ引き継ぎを安全に振り分ける分類器です(エストニア政府 kratid.ee)。

図3 エストニア政府 Bürokratt の案内ページ(公共機関のサイトに置かれた仮想アシスタントの網として説明されている)

エストニア政府 Bürokratt の公式ページ。公共機関のウェブサイト上のチャットボットのネットワークであると説明されている

出所:エストニア政府「Virtual assistant Bürokratt」(kratid.ee/2026年7月26日に取得した画面)

3か国に共通しているのは、官公庁の組織図・所管事業を住民に確認させないで済ませているという点であり、双方にとって大変に有益な取り組みです。

2. 日本はどこにいるか

表1 自治体における生成AIの導入率(都道府県・指定都市・その他の市区町村)
区分 導入済み(2025年6月時点) 2年前(令和5年度)
都道府県 87.2% 51.1%
指定都市 90.0% 40.0%
その他の市区町村 29.9%
総務省「自治体における生成AI導入状況」2025年6月30日公表より作成

総務省が2025年6月30日に公表した自治体における生成AI導入状況によると、生成AI導入済みの自治体は都道府県で87.2%、指定都市で90.0%です。令和5年度は都道府県51.1%・指定都市40.0%でしたから、2年でほぼ全面に広がった計算です。なお、その他の市区町村は29.9%で、ここには若干の差があります。

自治体向けAI活用・導入ガイドブックの第4版(総務省/2025年12月16日公表)には、横浜市が法令集や選挙関連の書籍約4,500ページをデータ化してRAGの環境を作り、継続的な調整で選挙関連業務において約9割の回答精度に届いた事例が載っています。生成AIをカスタマイズしている自治体の方法を見ると、モデルはそのままで外部ソースとして業務知識を参照させるRAGが244件で最も多く、APIやファインチューニングで専用の環境を構築しているのは41件です(総務省 自治体における生成AI導入状況/令和6年12月31日現在の調査)。法令の条文を根拠として示しながら答えるという、行政で最も根幹的な部分に手が届いているということになります。

図4 自治体が生成AIをカスタマイズしている方法(件数)

自治体の生成AIカスタマイズ方法の件数。RAGが244件、APIやファインチューニングによる環境構築が41件、その他36件

出典:総務省ホームページ「自治体における生成AI導入状況」2025年6月30日版11ページ(調査時点:令和6年12月31日現在)

東京都の動きは相変わらず早く、2026年4月9日から都職員約6万人が使う生成AIの共通基盤A1を本格運用に移しました。デジタルサービス局とGovTech東京が内製で作り、職員が自分でノーコードのAIアプリを組んで庁内や他の自治体に共有できます。実際に動いているのは、契約の仕様書案の作成支援、AI導入時に気をつける点を案内するもの、都議会の議事録から答弁の検討を支援するものです(都庁プレス)。7月6日には、NECとぎょうせいが横浜市・仙台市の選挙管理委員会の協力で選挙事務のAIを実証したと発表しています。5月から6月に実施し、回答精度が的確という評価が9割超、業務効率化に寄与という評価が7割超。根拠になる法令と文献を必ず併記する作りです(NEC発表)。

並べて見ると、日本の自治体の現在のAI事業傾向は専門業務を根拠つきで答えさせる類のもので、一方海外が実装に取り組んでいるのは住民対応の側にAIを立たせる取り組みです。

3. 住民対応にAIを導入する課題

職員向けの仕組みをそのまま住民に開ければ終わりとはいかず、課題は3つあると考えています。

1つ目は、課をまたぐ引き継ぎ。 住民の用事は組織図の通りに来ません。転入の相談ひとつで、住民票、国民健康保険、児童手当、水道と、担当が変わります。エストニアが機関ごとのエージェントを別々に持ちながら、共通の知識ベースと引き継ぎの分類器を挟んでいるのは、縦割りを壊さずに横断を成立させる作りだと読めます。既製の製品を1つ買って解決する部分ではありません。

2つ目は、間違いの重さ。 職員が使うなら、返ってきた答えを疑える人が読みます。住民が使うなら、そのまま信じられます。ここで効くのが、横浜市や選挙事務の実証がすでにやっている根拠の条文を必ず添えるという作りです。日本が職員向けで先に取り組んだ部分が、住民向けでも必要となる部分と重なっています。

3つ目は、始める範囲の絞り込み。 英国が16歳から34歳の進路と見習いの相談から始めたのは、対象が絞れて、間違えても後で取り返せる領域だからだと思います。窓口の全部を一度に置き換える計画にせず、スモールスタートを意識する方が結果的にたどり着くのは早いはずです。

4. 組織によって違う最初の一歩

新しく作る前に、多くの自治体にはもう素材があります。庁内向けに整えたFAQや、規程や法令集などです。住民対応側でのAI活用であれば、住民が触れる導線に1テーマだけ取り組んでみます。ごみの出し方でも、証明書の取り方でも、対象が狭くて、答えが規程に書いてあるものが向いています。そして仕様として、答えに根拠の出所を必ず出させること、答えられない質問を人に渡す線を先に引くこと、この2つを最初に決めます。

その先に必要になるのが、既存の住民情報システムや電子申請との繋ぎ込みです。ここは製品を選ぶ話ではなく、各官公庁の業務に合わせて作る話になります。デジタル庁が2026年6月12日に公開した生成AIの調達・利活用ガイドライン(DS-920)には、調達のチェックシートと利活用ルールのひな型が付いていますので、参考となります。

住民が窓口を回らずに手続きを終える役所は、遠い未来の構想ではなく、既に動いている場所があります。日本の自治体は土台となる事例を既に持っています。次の一歩は、その土台をどの1テーマで住民側に向けるか、という選び方だと思います。

松本慎之介|株式会社イーディーエー システム開発部。

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